2025年10月23日

俺達の麻生・私達の小野田。政治家を崇拝すること。

ここ一週間、心の底からゲンナリすることが続いてブログを書く気力もロクに湧かず、このままここを閉じてしまおうかとすら思ってしまうくらいに気が滅入っています。
歴史修正主義、家父長制護持、排外主義に塗れた人間が国を支配する形になり、ここ100年くらい前に向けて急速に逆回転を始めた日本。
マイノリティや弱者にとっては冬の時代が到来することは確実で、そしてこれを他人事として捉えている内に国民全員が不利益を被るような状態になってしまうような危惧すら抱いています。
そんな一角を占める人間の一人、経済安保大臣として起用された小野田紀美。

私はTwitterにおいてこの人間からブロックされているのでツイートをほとんど目にすることはない(最近になってブロックされていてもツイートが見られる仕様に変わっていますが)のですが、どうやら彼女が刀剣乱舞の審神者であることを、かつてはヘタリアのCDのプロデュースもやっていたことを受けて、Twitterどころかネットメディア(ねとらぼ等)でもうねりとも言えるほどの好意的な反応が湧いていて、これどこかで見た光景だなぁと思ったら、ローゼンメイデンを読んでいる姿を見られた、今回の政局のフィクサーでもある麻生太郎に対して「俺達の麻生」と持ち上げたのと全く同じだと。
共通点があることで好意的な反応を持つことは人間関係においては往々にしてあるもので、コミュニケーションのひとつのきっかけにもなるものではありますが、同じノリで権力者に対して全肯定とも言えるほどの反応をしてしまうことについて今熱狂している人たちに危機感がないのかなと思ってしまいます。
この小野田紀美は右派からバッシングされがちなミックスルーツでありながら、ゴリゴリの右派として君臨し、とりわけ中国に対するデマ(太陽光パネルに発信機が内蔵されていて中国に情報が抜かれるといったものなど)でゼノフォビアを煽ったり、最近よく話題になるスパイ防止法について、スパイ防止法に反対する人間はスパイであると言った妄言を言っていたりと、有り体に言えばどこにでもいる排外主義を拗らせたネトウヨでしかなく、加えて彼女の言動や発信について批判的なアカウントをブロックし聞く耳を持たない、エコーチェンバーの中で生きているような存在です。
おおよそ国の大臣になるにあたっての見識もリテラシーがあるとは思えないのですが、そんな人間を、同じ趣味を持っているというただその一点でもって持ち上げるという行為はもはや支持ではなく単なる崇拝でしかないなと。
趣味が同じなら、社会はどうなっても構わないというのは、あまりにも近視眼的で幼稚な発想でしかないなとは思うのですが、とはいえ今の日本のネット空間においては、反マスコミをはじめとした左派的な価値観の憎悪感情、ゼノフォビアなどといった価値観がもはやコンセンサスを得ている現状ではないかとも思います。
そんな中で同じ趣味を持っているのが権力者に現れたというのは、彼(彼女)らにとっての福音であり、強力な仲間が得られたという一体感を得られたということなのかもしれません。
この熱狂がいつまで続くかはわかりませんが、今日は一日そんな空気の中で肩身の狭い思いをしつつ、「あんまり誰かを崇拝しすぎると、ほんとうの自由は得られないんだぜ」というスナフキンの言葉が脳内にリピートしてやり過ごしていました。

とはいえ、本当にしんどい日が続くな。
ラベル:愚痴
posted by アネモネ at 21:41| Comment(0) | 独り言 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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